こんにちはICCOです。
今回はお店を始めた経緯をお話しします。

2011年の冬から自宅の敷地内でカフェ&雑貨屋さんをやっております。
今ではお店を開けると誰かしらリピーターさんが訪れてくれるようになりました。

2010年に結婚し、同じ年に長女を産み、当初は初めての育児に没頭していました。
私の住む家は島で一番静かな集落にあります。
昔、糸満から流れてきた海人たちが作った集落で、栄えていた時代は30軒くらい
あったそうですが、今ではたったの5軒。
子供も我が家だけ。
旦那に言わせれば島の中で一番平和な(何もない)集落だそうです。
誰ともしゃべらない、会わない日々というのが多々ありまして、久しぶりに誰かと会話すると
日本語がうまく出なくなっていました。

これじゃあいけない!と危機感を感じ、なにかお店をしよう!と思いつきました。
でも、私が出来ることと言えばデザイン、手作り小物を作ること。
そうだ、アトリエを作ろう、雑貨屋さんだ!
旦那に頼み、使っていない物置小屋を潰して、新しく手作りで建ててもらうことに。
(当時は牛の価格が下落し、生活がキツキツだったため、廃材をかき集め、コネを生かし、
なんとか安く材料費を賄った)

昔、東京で塗装業をしていた旦那は、塗装している横で大工さんが施工しているのを見て覚えたと、
溶接のできる島人を呼んで来て二人で骨組みを作り始めました。

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どんなアトリエにしようかな~と構想を練っていると母から電話。
「水ものをしなさい、水ものがお金になる!」
え??
思ってもなかったけど、よく考えたら私の集落には水を飲めるところがない! トイレもない。
なのに、休める木陰も少なく、自転車で周ってる観光客の皆さんはさぞかし喉が渇くだろう。。
だとしたら、食堂?? 八重山そば屋? 島の食堂かあ、、。
床はコンクリートの打ちっぱなし(いわゆる食堂)で、と旦那に頼み、
その寸法に合わせて窓枠を作ってもらう。
その頃には島出身の大工さんを一人雇っていました。

でも私の中では何か納得がいかなかった。
島の食堂がやりたいことだっけ?いや、違う。私のやりたいことは~、、、
その時、バイト時代に仲良くなったご夫婦に会い、
(30年以上前から毎年1か月島で過ごす東京在住のご夫婦)
「お店やるの~? どんなお店?」
「迷ってるんです。食堂?みたいな。。」
「なにかさ~、おしゃれなもの作ってよ~!」
「え??おしゃれなもので、いいんですか?」
「沖縄を感じなくてもいいんですか?」
そう、それまで私はなにか沖縄を感じるものにしなくてはいけない、という思い込みがあった。

お店=観光客=沖縄、だった。
そして沖縄といえば、そば、三線、ハイビスカス、etc.
(嫌いではないけど、私は黒島が好きで沖縄へ来たのであった)
そして奥さんの一言で、それが払拭された。
<わたし、らしくていいんだ。わたし、がしたいことをすればいいんだ>

そこからはやりたいことが明確に決まっていきました。
床はコンクリートじゃなく、フローリングで!ソファーを置いてゆっくり寛げるカフェにしよう。
その方が赤ちゃん連れのお客さんが来ても赤ちゃんを床に寝かせられるし。。。

旦那からは「窓が低くなるよ~高さはもう変えられない」
あ~残念、しょうがない、そのままで!
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アジアのリゾートホテルという雑誌を買ってきて「天井はバリのホテルみたく、竹で組んでるように!」
石垣のホームセンターで一番安いすだれを買って来て、天井に旦那と大工さんが苦労して貼って
くれました。
ここで大工さんの仕事は終了。(雇ったのは10日間ほどでした)
壁の色はこのフランスの雑誌にある、おしゃれな壁の色で!ペンキ屋さんで調合してもらい、
旦那に塗ってもらいました。
トイレも使っていない外の古いボットンをコンクリートに張り替え、水洗のトイレをどこかからもらってきて
取り付けてくれました。
カフェのキッチン床も排水を組んで、その上にコンクリートを流し込んで作ってくれました。
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庭には小さなコンクリート工場までできていました。
セミプロの旦那は日曜大工以下の私の手伝いを必要とせず、私はただ指示をするだけ。。。
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子どもと外で水遊びをしている間、旦那はせっせと汗を流しながら働いてくれていました。
島の人って何でもできるんだな~~!(島の人は何でもできる人がホントに多い。)
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出来上がったものは、アジアンがあり、フランスがあり、モロッコ雑貨があり、異国空間溢れる
趣味の店になりました。
メニューにもおそばはありません。
そのかわり、ベトナムコーヒーや、モロッコミントティー、パリのアイスコーヒー、フランスで習った
タルトなどがあります。(要するに、出したいものしか出していない)

夏場は水を求め、避難してくるお客さん続出。
汗だくになって「死ぬかと思いました」と言いいながら入って来て、しばし涼むお客さんたち。
こっちも使命を感じながら冷たい飲み物を出しています。
小さな日本の果ての島ですが、日本中、世界中から来るお客さんたちとのコミュニケーションを
通して、自分の中の世界が広がっているな~と感じます。

6年前、誰とも話さない日々があったなんて、今では信じられないくらい。
しかし、カフェに行ったことのない旦那は、未だに私が食堂をやっていると思ってるようで、
そばを出せ~と勧めてきます。笑