どうも!
ごっとんです。

秋口に入り、琉球列島は「台風銀座」の名前に恥じない頻度で台風が来るようになりました。
島の人たちは慣れたもので、皆さん手早く迅速に台風に備え、過ぎ去ると何事もなかった
ようにまた活動を再開します。

皆さんの動きを見ていると、どうにも災害という感覚が鈍ってしまいそうです。
これは文化とまでに、その準備の動きと、事態収拾の動きが洗練されているんです。

そんな当たり前の動きの中で、ぼくはそれまで八重山台風への危機感がどうしても根付かず、
(今年は台風が少なかったのと、那覇へ出張に行ったため体験する事が出来なかった為)
台風17号暴風域の当日もシェアオフィス内で作業をしていました。

9月も終わろうとしているこの時期は、いくら八重山とはいえ日が落ちるのは早くなります。
外はごうごうと風が響く中で、「そろそろ帰ろうかな」と呑気に思い立ったのが10時半。

その頃には暴風域も真っ只中。集落も多少の明かりがある程度でかなり暗くなっていました。
ぼくの住んでいるアパートまでの道のりは徒歩5分といったところで、十分安全に帰れると
踏んでいたんですね。
台風ど真ん中でも、集落内は意外にも風が建物によって散らされ、強風にいきなり煽られて
すっ転ぶ、なんて事はありませんでした。
しかし、周囲から聞こえてくる音は十分に破壊的なものであり、「何かが飛んできたらやばいな」という
うっすらとした危機感はその時初めて持つ事ができたんです。

直線に走っている道路には風圧を直に受けてしまうのでなるべく避け、ジグザグに少し迂回しながら
帰る途中、初めてとんでもない恐怖に襲われました。

差し掛かった十字路には光源がありませんでした。 こちらの夜はライトなどなければ、全く見えません。
歩けば1分程度のところに電灯が見えるので、それに向かって歩き出しましたが、暗すぎて足元がおぼつかない。
直進路なので風圧の直撃を受け、足がもつれます。 そして、音です。

村全体というか、空全体がごうごうと音を立て、迫ってくる感覚があります。それが、自分の見えないところ
で何を飛ばす準備をしているのか皆目わからないのです。
ただ音だけが、いつでも「お前を殺せるぞ」と言っているようでした。
「なめるな」と本気で思い立ち、走ろうにも足元がおぼつかない。見えない。滑る。風で足を取られる。
ああ、これは、死ぬ可能性がある。

ふと、台風あとのどこかの診療所の屋根の上で、牛の死骸が腐っていたという話や、軽トラが転がって
人を潰した話を唐突に思い出します。しかし周りを見渡しても、闇しかない。
そう、これです。これが怖いということだったんです。

思い出しました。子どもの頃、何度も物理的に殺される夢を観て飛び起きたことがあった。
それと似ています。

電灯まで必死に歩きました。結局部屋の中で落ち着いた時、「怖かった」よりも「命の危険があった」
という感覚のほうが強いのが、鮮烈に残りました。

明るければ外に出てもいいという事ではないんですけれど、それだけで恐怖は消えます。
飛んでくるものが見えますからね。対処ができるように感じます。
けど、台風の時、夜に出歩くのはマジで命の危険があります。絶対お勧めしません。
全く見えない。対処のしようがなく死ぬかもしれないですから。
それは明るい昼間も一緒なんです。
海はもっとダメです。「飲まれ」ますよ。

えーいかがでしたでしょうか。
人をビビらせるって難しいですね。
やめた方がいいって言ってもやる人はいますからね。

そう。

こんな風に。
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 明るいし、畑の様子を見にいこ…あっ、あっ、
あああーーー!!!
学んでない!!

以上!台風談義でした! !